4憩 Shock! 新幹線がキタ!衝撃の食見聞記 -

海道幌市中央区/北区
海道町/雲町/万部町/館市/斗市- 第4
第1日 第2日 第3日
(もり)

2016年3月26日、北海道新幹線開業の日を道南・森町で迎えた。
(第4日 朝食)
N04-021(第93号) かにめし@かなや(長万部駅) →
<かなやのかにめし> ¥1,080(込)
かなやのかにめしは、かにめしの中の貴婦人である。繊細な蟹フレークと千切りの筍のコンビネイションの妙が織り成す気品こそが、かなやのかにめしを形作るフィロソフィーなのだと感じる。
形状→★★★★☆ 風味→★★★★☆ 総合→★★★★★

 森駅の跨線橋から眺める駒ヶ岳がとても綺麗に見えた。“心身気鋭”、すっきりとする。なかなかの好天に恵まれたものだ。前途多難、試される大地の新幹線への餞である。最初からしとしとと降りしきる雨模様では余りに可哀想と云うものだ。


 函館へ向けて森を出発した列車は、駒ヶ岳駅で札幌行き特急との待ち合わせの為、10分ほど停車した。どこからでも目立つ存在の駒ヶ岳だが、その名を冠す駅からの眺めはまた格別のものとなろう。このまま車内へ籠ることなど実に勿体ないと思い、そそくさと席を立って駅前散策へと繰り出した。
駒ヶ岳(こまがたけ)

 駒ヶ岳の駅前には小さな集落が広がっていた。風がブワッと吹き、ディーゼルカーの音が乾いてぼうっと木霊する。駒ヶ岳の秀麗な姿が好く映える。昔ながらの細く、舗装されていない道に誘われるまま、自然と足が一歩また一歩と進み出す。密やかな佇まいだ。クルマよりも馬そりの似合う昭和の駅前のささやかな光景がそっくりそのまま展開されている。素晴らしい・・・今日の晴天のように、飾らぬ素の状態で晴れている。全容を頭の中に呑み込むにつれて身体は次第に硬直し、しかしその先へと進みたいとも思った。とりとめのない光景ほど、まとまりのない感情の起伏をもたらす。飾らないものの素敵さとは、そう云うものだろう。

 大沼を通り過ぎると峠越えが始まる。仁山の手前で視界が一気に開けて、眼下には大野平野が広がった。彼方には函館山が浮かんで見える。まるで島のようだ。実際のところ函館山は、元は島だった。本土側との間に砂州が形成されて小樽よりも平地に恵まれた函館の基盤となった。仁山駅の駅名標は一部分だけ白く新たになっている。昨日までの渡島大野駅は今日から燦然と輝く北海道新幹線終着駅・新函館北斗駅となったのだ。未だ昔島だった函館山のように浮いている新函館北斗だが、本土側と繋がって地続きとなった函館のように、地に足を付けてじっくりと根付くことになるのか。開業に夢中な今時分では未だ、五里霧中である。
新函館北斗(しんはこだてほくと)

 夢中な新函館北斗の喧騒はしかし、予想以上のものであった。在来線ホームが広く設計されていない点はあるにせよ、人で溢れ返っていたのだ。森から駒ケ岳を経てここまで快適に乗車してきた函館行き1両編成は、忽ち都会の電車のような殺気だった状態と化した。その一方で駅の周囲は予想通りだった。殺伐とした何も無いような状態である。田舎の小駅だった渡島大野は、駅の部分については華麗に新函館北斗へと変身を遂げたが、駅周辺が「新函館北斗」に成り切るには、この先も結構な時間が必要そうな雰囲気にみえる。

 駅の中と外では棲んでいる世界が違う惑星のようだ。密度も熱量もまるで違う。片田舎に最先端の現代が突然、殴り込みをかけてきた恰好である。しかしとんでもなく不可思議に見えるのはこれが鉄道のターミナルだからであって、ここは空港なのだと思えば、存外自然な光景にも思えてくる。
 それに駅の北側には人も何も無かったが、南側は人と車でそこそこ満たされている。区画にしても、きちんと整備済みであるように見受けられる。しかし何も建っていない。レンタカーの営業所ばかりが目立つ。お蔭で遠くに函館山の姿が見えた。「新函館北斗」なる難解な駅名の通り、ここは函館市ではなく隣の北斗市だ。単に「新函館」とするはずが、北斗がごねて「北斗函館」にせよと云ってきた。結果、間を取って「新函館北斗」となった次第である。
 函館は空港が市街地から近い。湯の川温泉の目と鼻の先だ。これに対して新函館北斗駅は、函館駅から18`もの距離がある。実は、北海道新幹線は1_たりとも函館市内を通過していない。札幌目指して建設中の新幹線ではあるが取り敢えずは、函館を目指して作られた。ここに駅が設けられたのも無論、函館の存在によるものであって北斗市の手柄ではない。その意味では函館の為の新幹線駅である。当初は現行の函館駅に新幹線が乗り入れる構想もあった。だが結果として、函館が無視される状況が固まってしまった。

 空港よりも新幹線駅の方が市の中心部から遠くなってしまった函館。全国初の事例かもしれない。他に思い浮かぶのはせいぜい岩国くらいだろうか。近年、民間にも開放された岩国空港は市街地に隣接しているが、新岩国駅は山の中だ。但し新幹線を使って岩国に行く場合は新岩国ではなく、広島で在来線に乗り換えて市中心部にある岩国駅を利用する手も一般的だ。
 函館中心部からは遠いこの駅で「函館」と云うものが実感を伴って感じられるのは、ガラス越しに函館山の姿が望めることくらいのものだろう。駅前で進むビル建設がこの眺望を守るのか、それとも消し去るのか。「函館」と云うブランド力を、北斗がどの程度理解し、大切に扱っているか、その試金石にもなることだろう。

 駅の雰囲気は、前年に開業した北陸新幹線の上越妙高駅に似ていると感じる。また、旭川駅のようでもある。昨今のデザインのトレンドが反映されているわけだ。しかし、そのスペースを大いに持て余しているほどに壮麗な旭川駅と比べれば、何か幼稚園の可愛さと云うものをこの駅舎には覚える。旭川駅をよく見知っている人間からすると、新幹線がやってきた威厳がこの駅からは感じられない。整備計画では旭川が北海道新幹線の終点となる。実現成るか大いに疑問符が付くところではあるが、少なくともあの駅舎には、新幹線終着駅としての貫禄がある。
 駅の外では、ご当地グルメの博覧会のような催しが開かれていた。これも上越妙高と同じ。懐かしい思いが湧き上がった。北陸新幹線の開業により、北信越の荘厳な在来線網がズタズタにされてからもう一年になったか・・・直江津は元気だろうか。

ここでも北海道唯一の「マチ」であることをアピールする森町。抜かりない。

 駅へ戻って、再び在来線ホームへと向かった。今度乗るのは先程の到着時とは反対側のホームから発着する新幹線連絡列車「はこだてライナー」だ。新幹線と函館中心部を結ぶ列車である。新幹線駅は高架ホームであることが非常に多いが、新函館北斗駅は珍しいことにホームが地上にある。これは在来線との乗換を平面でスムーズに行う為の設計である。その為、在来線側でも工夫が施されていて、「はこだてライナー」発着ホームは、切欠き式となっている。つまり、小田急新宿駅のように線路が行き止まりになっている。跨線橋や地下道で連絡せずに行き来することが出来るのだ。嘗ての九州新幹線/鹿児島本線新八代駅のように、新幹線が到着したすぐ向かい側に在来線特急が待機しているわけではないが、何とか、利便性を確保しようと頑張ってはいる。
 また新函館北斗と函館の間は電化されてもいる。これも函館駅乗入れ構想を反故にされた函館市に配慮する形でJRが施工したもので、「はこだてライナー」には札幌で使われているものと同じタイプの新車が投入された。函館と五稜郭の一区間だけは、青函トンネル開業時に電化されていて、多くの特急列車が本州側から乗入れたが、新幹線開業でそれらの列車も全廃された。貨物列車は五稜郭発着で函館駅には入らないから、もし「はこだてライナー」が誕生しなかったなら、函館と五稜郭の間の電化設備は無駄になるところだったのだ。
函館(はこだて)

 通常3両編成の「はこだてライナー」が6両を連ねても、車内は満員状態であった。函館駅まで快速タイプなら15分で普通タイプなら20分と云ったところ。40分以上掛かる場合の多い新青森と弘前の間に比べれば恵まれた距離感だが、それでも優雅に新幹線のグランクラスで寛いでやってきた後に、着席の保証されない通勤型車両に揺られると云うのも、何か味気のない淡白な話である。

 函館駅ホームは兎に角、長大である。そのスケール感は、札幌をも凌ぐ北海道一のものだろう。ついこの間まで「北斗星」に代表される寝台特急がこの長大なホームを使いこなしていた。ホーム脇の留置線に目をやれば、役目を終えた寝台特急用機関車や青函特急「スーパー白鳥」用車両が大量に佇んでいる。機関車は廃車となる模様だが、特急車両については道央圏に転出の上、活躍する予定と聞く。
 今は札幌方面の特急が残っているから、まだ恰好がつくホームだが、新幹線札幌延伸時にはその特急も全廃される。そうなると通常3両、繁忙時6両の「はこだてライナー」が発着するだけの地味な駅となる。栄華を偲ばせる立派なホームもいよいよ手持無沙汰となり、寂しさが増すことになろう。好い夢はいつまでも続くものではないが、悪夢と云うものは断然、永続的な代物である。そうなったら空港が市内に所在していることを命綱とするほかあるまい。

制作者は異なるが、上越妙高駅開業の折にもこのような桜のタワーがあった。
春は新幹線の季節。
嘗ては長崎行き寝台特急だった「さくら」は今、山陽・九州新幹線の列車愛称になっている。

 朝市の向こうには函館山が見える。新函館北斗からとは比較にならない近さだ。新函館北斗のように乾燥していない、生身の函館山の姿を見詰めるにつけ、ああ函館が新幹線の終着駅であれば・・・との思いに襲われる。一本の列車で結ばれていた青函は、青森-新青森-新函館北斗-函館と二度の乗換を強いられることになった。少しでも短い所要時間で札幌へ・・・この思いは素晴らしい。しかし青函トンネル内では運行安全上、特急並みの速度しか出せない。これでは青森と函館を犠牲にしてまで達成しようとした速達性が活かし切れない。莫大な金が掛かる割に何ともちぐはぐなデザインだ。どうにも首が回らなくなってきた戦後日本の姿に重なるものがある。

 函館の駅前は非常にがらんとしている。函館中心部自体の元気のなさに加えて、今の駅舎になって駅前広場が拡張されたは良いが、観光客以外に歩いている人は余り居らず、ただ寂しさを増すだけの効能しか発揮していない感があったのだ。しかし今日は違った。観光客も地元の人々も桁外れにこの駅前広場に集い、開業記念のイヴェントが開催されている。この広い駅前広場に元来期待されていた機能と云うものを、漸く花咲かせているのだ。

 新幹線効果を見据えて駅周辺では再開発も盛んに行われている。函館駅前の顔と云えば、和光と棒二森屋の両デパートだったが、和光は取り壊されて商業施設・公共施設・マンションから成る複合施設に生まれ変わる最中にある。他方、棒二森屋では、新幹線開業を機にデパ地下がリニューアルされて、函館の味覚を効率よく感じられる店が誕生していた。

 「デパ地下」とは云えど1階にその店はある。函館の名菓を単に集めるだけでなく、洋生菓子にまで触手を伸ばしたところがその店=「はこだてスイーツ&cafe」の面白い点だ。このような取組みは今回が初めてと云うわけではなく、催事と云う形では行っていたようである。しかし催事と云うものは一過性のもの。常設化して、状況を常態化させることこそ肝要なのだ。ガイドブックに掲載されたり、観光客の口コミとして流通する芽が出てくる。例えば・・・AKB48は専用劇場を持っている。それは秋葉原の名所となって、様々なメディアで紹介される。一度くらいは見てみようかと思う人も出てくる。立ち寄りついでに飲み食いしたりグッズを買う人も出る。もしAKBがどこかのホールで月に何度か、公演を行ったところで、紹介される機会はめっきり減ることになろう。ファン以外の間でも名所化することは無い。
N04-022(第94号) カロメリアのショートケーキ@はこだてスイーツ&cafe(函館棒二森屋) →
N04-023(第95号) (五島軒)いちごモンブラン@はこだてスイーツ&cafe(函館棒二森屋) →

 アネックス館の地下1階には「おみやげ処」と銘打った売場があって、「白い恋人」「ロイズ」「六花亭」と云った道内各地の菓子類を始めとする土産物が揃う。ここから連絡通路を通って本館へと向かうと、生鮮や惣菜等のデパ地下らしい風景が広がる。白眉はハセガワストアだ。函館ローカルのコンビニである「ハセスト」は、店内調理のやきとり弁当で有名だが、何とこの棒二森屋店ではやきとり弁当の調理・販売のみの出張形態なのである。島屋が新横浜などでデパ地下部門のみの出店をしていることを思い起こさせるコンビニの進化系出店だ。食の強さ、切り札を持つ強さ。もはやハセストは、事業全般が不振に陥っても、やきとり弁当のみで生き永らえる状態なのだ。

 棒二森屋を堪能したのち、駅へと戻った。色々と工夫はしているように感じられたが如何せん、売場が狭い。そして立地面でも、駅前ではあるのだが微妙なところなのだ。大門地区と呼ばれる函館駅前地区を行き交う人の数は、多いと云えば多く、少ないと云えば、少ない。広々とした駅前広場を通って市電の走る海峡通/国道279号へと辿り着くことは物理的には簡単なことでも実際にはなかなか難しい。市電利用者以外は、ある種の意志が必要なのだ。それと云うのも、函館駅舎には正面だけでなく側面にも出入口があるからである。加えてその先には、朝市とベイエリアが広がっている。従って観光客の多くが、駅正面ではなく駅横から街へと繰り出してしまう動線となっている。

駅の側面にも出入口がある函館駅。信号待ちの人の多さに注目したい。画像右手の駅正面に人が群がっているのはイヴェント開催によるところが大きい。

信号を渡るとすぐに朝市、暫く歩くとベイエリアに到達する。観光客にとっての駅前通りは、市電の走る通りではなく、この「開港通り」であろう。

 確かに棒二森屋の店内も駅前大門地区の人通りも、普段に比べれば桁違いに多かった。しかし駅周辺全体の賑わいぶりを鑑みれば、なお物足りず、寂しいものだったと云わざるを得ない。ベイエリアの中核を成す施設が金森赤レンガ倉庫であることからも分かるが、開港通り界隈は元々は物流基地であり、裏通りだった。現在でも付近には卸売市場があり、ニチレイ等の倉庫が現役稼働中である。市民にとっても、そして観光客にとっても、市電通りこそがメインストリートであった。
 しかし今や駅から朝市の方が、駅から棒二森屋よりも遥かに近い。以前の函館駅舎は現在の駅前広場の位置にあった。大門地区との距離感は今よりも一段階近い。加えて朝市へ行くには、駅の裏手へ回り込むような形となる。朝市、そしてベイエリア方面へのアクセス向上が、駅前の衰退を加速させてしまった。

 街があるから温かみがある。街があるから洗練される。函館と新函館北斗の差はそこである。朝市、そしてベイエリア、更には元町と観光客向けにオーダーメイドされた函館の街は新幹線を迎えて盤石だ。しかしながら大門に代表される素の函館の表情を残す街がトリクルダウン的に新幹線の恩恵に与りつつ、息を吹き返すことは、益々至難の業となっているように感じられた。人の動きは、「広く薄く」から確実に「狭く厚く」へと移行している。
(もり)

 駒ヶ岳山麓に広がる風前の町・森に戻ると、先程まで体感していた喧騒や情念全てが嘘のように思えた。もじゃっとした雲が浮かぶ空の下で、人気の感じられない変わらぬ日常の時が流れている。無事、カウントダウンは達成された。これから先はただ、既成事実が積み重なる一方だ。木が三つ重なると森になる。今日苗木として植えられた北海道新幹線が森になる頃、森は新幹線のせいで木に戻るのかもしれない。森駅にも森町内にも新幹線は停まらないからだ。
(第4日 昼食)
N04-024(第96号) やきとり弁当(ハセガワストア@函館棒二森屋) →
<やきとり弁当(小)> ¥445(込)
特に道南は、焼き鳥と云えども鳥肉ではなく豚肉である。だから「やきとり」なのだろう。サラっとした豚肉に甘いながらもサラッと絡むタレが似合う。根室のコンビニ「タイエー」のやきとり弁当の元祖となったのが本品である。
形状→★★★★☆ 風味→★★★★☆ 総合→★★★★☆

 歴史的一日が暮れてゆく。鉄路は敷かれた。しかしそれだけでは誰も何もくれぬ。心身(こころみ)を削って売るものが無ければ、どのような試みをしたところで得るものなど無い。しなやかに連綿と続く鉄路は、私たちの心のカガミだ。鑑であり、鏡であり、屈みでもある。これを活かすも殺すも、私たちの精神性次第なのである。連綿と続く営みを面倒臭がっては、断線がもたらされ、それが恒常化するなら廃線となってゆく。鉄路が消えても私たちは生きる。しかしその営みが活かされた状態となっているのかと問えば、そうはなっていないのである。不断の努力は何気ない普段の営みから始まる。歴史的一日は幾ら歴史的だろうと一日で終わる。明日から普段の一日が連綿と続く。それを支えるのは熱狂ではない。冷めた普段の努力である。
(第4日 夕食)
N03-042(第97号) たまひよクリームパン(山森製パン) →
N03-043(第98号) チョコマウンテン(山森製パン) →
たまひよクリームパン ¥120(込)
クリスマスシーズンには容易にサンタパンに化けそうなフォルムである。アーモンドの鼻が立派。華がある。とても小さい割にずっしりとしている。
形状→★★★★☆ 風味→★★★☆☆ 総合→★★★★☆
チョコマウンテン ¥168(込)
しっとりした生地にしっとり染み込むチョコレートは、質量共に満足し得る合奏的仕上がりである。チョコ使用のもので外れ味を作り出すのはなかなか難しいものだが、食パン渦巻き系統ではそれが益々困難なものとなろう。
形状→★★★★☆ 風味→★★★★☆ 総合→★★★★☆
N03-044(第99号) ミルクマウンテン(山森製パン) →
N03-045(第100号) 豆パン(山森製パン) →
ミルクマウンテン ¥168(込)
ミルキィなパンらしく、しっとり感は結構なもの。ミルクが滲み出ている趣。若干、くぐもった風味であり、もう少しマイルドな方が好みかもしれない。
形状→★★★★☆ 風味→★★★☆☆ 総合→★★★☆☆
豆パン ¥162(込)
ちぎりパン形式でヴォリュームがある。豆の配置も含めてスタイリッシュなデザインだが、豆の位置付けがまさにそのデザイン性のみに特化された感があり、もっと豆を求める感情に襲われる。
形状→★★★★☆ 風味→★★★☆☆ 総合→★★★☆☆

→第4日旅程→
森 10:13 →函館本線 普通(820D)→ 新函館北斗 11:18  
新函館北斗 12:34 →函館本線 快速はこだてライナー(3340M)→ 函館 12:49
函館 14:31 →函館本線 普通(2841D)→ 森 16:01
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as of 2016.03 / uploaded 2017.1209 by 山田系太楼どつとこむ

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