8憩 初の広い島の山と海-

島県次市/庄原市/島市/山市/三原市/岡山県笠岡市- 第8
広島(ひろしま)
 雨上がりの朝の広島を重たい瞼が歩いていた。街はまばらに散らばっていて、肌寒い。だがそうまでして、この街を縮景にして、食べたい朝がある。縮景園まで出掛けなくとも、この街自体が素晴らしき情趣の縮景で出来ている。
 そんなアンデルセンでの朝食を楽しみにしていた。ホテルの朝食が余りパッとしないこともあって、広島の食のシーンを代表する存在の一つとなっている店が提供する朝食に、俄然興味が湧いてきていたものである。朝から豊かに寛げる店が開いているのは、有難い。
(第8日朝食)
N08-035(第248号) 春野菜と卵のココット焼きプレート@広島アンデルセン →
<春野菜と卵のココット焼きプレート> ¥840(込)
やはりちゃんとした店が、朝から営業しているのは有難い。そして朝から温くて美味しいものが食べられるのも有難い。野菜はじわじわと、卵は一気に攻めてくる。注目のパンは、単純な白パンでは攻めてこず。野菜と卵の料理が平たくマイルドな風味だから、パンで滋味深さを演出するのは、合っている。
形状→★★★★☆ 風味→★★★★☆ 総合→★★★★☆
 美味しい朝食で期待通りの満足感を得て、この路面電車の棲む楽天地を後にすることが出来た。山陽本線を東へと進み、空港最寄駅の白市を越えて、三原へ向かった。黄色い電車には一段と瀬戸内を香を感じる。海沿いを走る呉線とは異なり、山陽本線は山の中を走るが、海と出合う三原ではきっと映えるはずだ。
三原(みはら)
 三原に降り立つと、瀬戸内海に吸い込まれる感覚に早速襲われた。潮の匂いが近い。風が走り、中肉中背の町がすっぽりと瀬戸内の衣に包み込まれているかのようだ。
 三原は駅と港の距離が近い。中心街はコンパクトにまとめられ、人通りもそこそこある。現役感と寂れ具合の調和が取れている。そんな街の一角に、すっかり全国区となったパン屋が佇んでいる。さぞかし賑わっていることだろうと思っていたら、意外にもシャッターが下ろされているではないか。
 各地の駅構内にて出張販売に勤しんでいるクリームパンの八天堂は、三原発祥である。しかしその「本店」はと云えばこの有様。話によると取扱い量も少なめとかで、朝の内に完売してしまうらしい。街の中で育まれながら歴史を刻んできた店なのであると云うことを示すための、モニュメント或いはアリバイ作りのようだなと思った。

(第8日昼食)
N08-036(第249号) ハンバーグランチ@一億 →
  N08-037(第250号) 海ぶどう愛っす@一億 →
<ハンバーグランチ> ¥980(込)
中々味わい深い店である。昭和50年代ビンビンの雰囲気。一昔前のサスペンスドラマにでも出てきそうな情趣漂う。瀬戸内の、殊に航路の黄金時代を今に生き映すようでもある。どうも主人が沖縄好きのようだが、昭和50年代と云えば本土復帰の沖縄が脚光を浴びた頃合。この店内の情趣とハンバーグの外観も中々マッチしている。概ね重厚、所々、軽妙さが入り交じる。肉料理の店だからワイルドかなと思いきや、思いの外、薄くマイルドな味わい。
形状→★★★★☆ 風味→★★★☆☆ 総合→★★★☆☆
<海ぶどう愛っす> ¥380(込)
どうも主人が沖縄好きのようだが、昭和50年代と云えば沖縄が本土復帰して脚光を浴びた頃合。この「海ぶどう愛っす」もその流れに沿ったものと思しき珍品である。とは云え、味は昨今流行りの塩スイーツの流れに沿ったもので、潮の味が葡萄果汁のように濃く深く沁み込む。
形状→★★★☆☆ 風味→★★★☆☆ 総合→★★★☆☆
糸崎(いとざき)
 三原から東へ一駅の糸崎駅は、1892年に開業した時点では、三原駅を名乗っていた。2年後に三原の名を、現三原駅開業に伴い譲った恰好となったが、その後も列車運行上、重要な位置を占め続けた。三原まで僅か2kmの距離ながら、寝台特急「あさかぜ」が、糸崎・三原と連続停車していたものである。現在でも日中を中心にして、糸崎を境に岡山方と広島方で運転系統が分かれる。三原周辺には十分なスペースが無かったことが鉄道の町・糸崎を形作ってきたのだろう。駅周辺には三菱重工などの工場群も広がっている。
 糸崎には、特急や急行が行き交った往年の山陽本線の栄光を仄かに感じさせる素晴らしい駅風景が広がっていた。ここ糸崎には、理想の山陽路が、新幹線開業と云う転回を経ても色褪せるどころか、更に濃密さを増して展開されているのだ。先述の通り、三原までの距離はさほど遠くない。一駅分を歩きながら、燦燦たる山陽を味わうことにした。
 駅前を、線路に並行する形で国道2号が走る。バイパスも用意されているのだが、交通量は多い。本邦的地中海テラス的景観を眺めながら瀬戸内の風と空を感じるも、鼻には車の排ガスの香りが響かざるを得ない。耳も中々涼しくはならない。
 三菱重工のある糸崎には、三菱病院もある。三菱が席捲するさまは、長崎の香焼を彷彿させる風景だ(→Go to Goto! 聖餐三昧一体伝)。香焼は中々静かな場所だったものだ。いい加減、車から離れた瀬戸内の風情に触れたくなった。そこで国道と線路の間の空間へと入り込んだ。
 なるほど、やはり裏手に回ってみるに限るわけである。糸崎や三原は隣町の尾道とは違って特段、観光の町と云うわけではない。しかし私の抱いてきた瀬戸内のイメージにはぴったりの空間が広がっているのだ。那須正幹の本に「ぼくらの地図旅行」と云うものがある。



 この本の舞台は山口県らしいのだが、海と山と隙間に繁る街並みと、間を縫って走る山陽本線の光景が、瀬戸内の風情そのものなのだ。素顔は素晴らしい。
三原(みはら)
 糸崎が初代三原駅となり、その後も三原を凌ぐ鉄道の要衝であり続けたのは、三原周辺の用地不足が理由としては大きかろう。何故なら鉄道は三原城を貫通するようにして敷設され、そのド真ん中に三原駅が設置されているのだ。近隣の福山もまた同様の経緯を持つ駅だが、三原のそれは福山以上の生々しさと云うものを伴っていた。
 汽笛一声、ボーっと立ち尽くしてしまうシュールな光景が広がっている。歴史を博物館送りにしてしまう、革命的な明治と云う時代精神が、この破壊的誕生の光景によく表れている。
 このような立地条件だから駅のコンコースから簡単に城跡を眺められる場所に行くことが出来る。景観と云うものは周囲の「協力」が必須のものだから、幾ら城を復元したところで、こうも近代的な街並みが展開されていては、その意義は半減する。しかし鉄道と云う近代の象徴的道具装置にその真ん中を射貫かれて、グロテスクな姿を晒している三原城に限れば、実に面白く、その個性に相応しい風景のように感じられる。
 石垣の上が新幹線ホームとちょうど同じレヴェルの三原には、そびえる石垣のようにレヴェルの高い駅弁がある。その名物駅弁を買い込み、列車へと飛び乗る。陽光溢れるキネマな車窓に、ゆったりした温度の車内の清々しさが一層増した。ああ、これぞ瀬戸内。日本の地中海よ。
福山(ふくやま)
 本日の最終目的地の福山も三原同様に、城の真ん中を鉄道が貫通したスタイルとなっているが、しかし、あの三原のグロテスクな状態を見た後となってしまっては、そこそこエレガントなものにも映る。尾道と倉敷と云う観光地に挟まれた福山は、広島県東部の中心都市。商工業が盛んだ。鞆の浦を抱えているものの、観光色は薄めである。前回同様、駅前の「と~ぶホテル」に入った。
 薔薇の町をアピールしてきた福山をしっかりと内装で体現する。「駅前旅館」としての矜持を覚えつつ、未だ東武トラベルが残り、このホテルが本当に東武鉄道グループだった歴史を感じさせる外装にも愛着を覚えつつ、荷物を降ろした私は地方経済の息吹きを求めて街へ繰り出した。しかし商業地としての駅前には、厳しい現実が待っている。
 駅前一帯では再開発の計画が、遅々として、しかし着々と進んでいるように見える。既に商業施設・ホテル・オフィス・マンション等から成る高層の複合ビルが開業していて、人口50万人近くを誇る経済都市の威容を見せつける。流石にこのクラスの都市ともなれば、食品その他日用品関連を取り扱う店舗は中心部に必要となる。が、それ以上のものとなると、どうだろう。
 福山の中心街は、ちょっとしたオフィス街となっている。中には中々重厚なビルヂングもある。広島と岡山の間の地域では倉敷の人口が僅かに福山を上回る。が、倉敷市は同程度の都市が合併して成立し、且つ岡山に隣接しているため拠点性には乏しい。新幹線の駅も倉敷市街の倉敷駅ではなく、玉島の新倉敷に設けられた。その点、福山は、岡山と広島の間にあって広島東部の中心として拠点性を有し、新幹線の駅が中心市街の在来線駅に設置されている。お蔭で「のぞみ」や「さくら」も一部停車、しまなみ海道開通後は、瀬戸内海の島々や四国への玄関口としての性格も加わって、拠点性が一層向上した。
 そうか、春一番だったか。温かな瀬戸内にぴったりの瞬間に立ち会った一日となったものだ。そう云えば週間予報の芳しくないさまも、意外とまずまずの天候で乗り切れたものだ。これも、晴れやか瀬戸内、その賜物か。
(第8日夕食)
N08-038(第251号) 元祖珍辦たこめし@三原駅(浜吉)→
  N08-039(第252号) たこ焼きにしか見えないシュークリーム@虎屋(福山駅 さんすて福山)→
<元祖珍辦たこめし> ¥950(込)
三原はタコの町である。イカの町をアピールする函館を彷彿させるマスコット存在的重要産品となっている。その三原を代表する駅弁は当然ながらタコを使った駅弁だ。比較的さっぱりとした趣で調理されたタコを筆頭に、炊き込まれたごはんに、しんみり馴染む味覚の彩を感じる。イガっとした風味のしないところがイイ。
形状→★★★★☆ 風味→★★★★☆ 総合→★★★★☆
<たこ焼きにしか見えないシュークリーム(8個入り)> ¥630(込)
「やらと」ではない虎屋が福山にはある。やっていることが中々、派手である。そっくりスイーツと云えば会津若松「太郎庵」の「喜多方ラーメンケーキ」が思い出される。あれは物凄く甘い一品だったが、本品は普通に本物のたこ焼きの如く、軽くつまめるものとなっている。一見、奇をてらっているが風味は普通なのである。考えてみればたこ焼きとシュークリームは様態が近い。相性は悪くないはずである。あの絶望的なほどに遠いラーメンとケーキに比べれば。
形状→★★★★☆ 風味→★★★☆☆ 総合→★★★☆☆
→第8日旅程→
広島 10:34 →山陽本線 普通(344M)→ 三原 11:49
三原 13:55 →山陽本線 普通(448M)→ 糸崎 13:59
糸崎駅 →徒歩→ 三原駅
三原 15:38 →山陽本線 普通(458M)→ 福山 16:18
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as of 2012.03 / uploaded 2018.0519 by 山田系太楼どつとこむ

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