3憩 ら寂しき最東端の街に花咲く ニュー娯楽食文化 -
海道室市/標津町- 第4
第1日 第2日 第3日
根室(ねむろ)

根室の朝。ホテルから伸びる影が、如何にも幸先の良い恰好に思える。
(第4日 朝食)
N03-022(第53号) 赤飯おにぎり(セイコーマート) / 大正金時甘納豆の赤飯(セブンイレブン) →
N03-023(第54号) コロコロいちごホイップ(タイエー) →


 セブンイレブンは全国チェーン、セイコーマートは北海道ローカル、タイエーは根室ローカルのコンビニと、何やらここにコンビニ業界揃い踏みの感あり。赤飯に甘納豆を入れるのは北海道に於ける定番である。全国チェーンのセブンイレブンでは、甘納豆を使用していることが商品名の中で言及されているが、セイコーマートでは、暗黙の了解と云うことだろう、一切触れられていないところが面白い。
 見た目はセイコーマートの方がケバケバしい趣だったが、味の方は逆に、セブンイレブンの方が甘さ際立つものとなっている。
<赤飯おにぎり> ¥113(込)
形状→★★☆☆☆
風味→★★★☆☆
総合→★★★☆☆
<大正金時甘納豆の赤飯おむすび> ¥130(込)
形状→★★★★☆
風味→★★★☆☆
総合→★★☆☆☆
<コロコロいちごホイップ> ¥130(込)
 はきはきとした、白パン系特有の張り切っている明るい風味と口触りの生地に多少チープな、ぴゅぴゅっとした苺ジャムを包容するホイップクリームが良く映え、良く馴染む。
形状→★★★☆☆ 風味→★★★☆☆ 総合→★★★☆☆

北海道らしさを感じさせるものとして、ホクレンのマークも好きだ。ガソリンスタンド・ブランドと云う形でよく見掛ける。

 昨日は終日根室市街にて過ごしたものだったが本日は、根室市から外へ出るわけではないが、小旅行することになる。まずは駅…の横にある観光インフォメーションセンターへ。観光案内所の他に土産物も取り扱っている売店、そして奥にバス乗り場がある。非常に明るく開放感のある雰囲気の場所で、根室の情報はここで一通り揃えられる。



 北海道に限った話ではないが昨今、地元行政がバスターミナルを情報発信拠点として整備している例が目立ち、その充実ぶりには目を見張るものがある。以前はこうではなかった。中央バスのバスターミナルが空知には沢山あったものだが、全体的に手狭で薄暗い雰囲気もあって駅の方が断然、利用快適度が上だったものだ。情報や売店の充実度も駅を上回るには至らなかった。しかし今や逆転している感がある。駅に対しては鉄道会社の持ち物と云う意識が依然として強いから、3セク化でもされない限りは、地元感がなかなか出てこない。JR北海道のように赤字で地元とのコミュニケーションも不得意な会社では猶更である。駅は列車を利用する人だけが使う施設に成り下がってしまっている。ここ根室でもキヨスクが閉店となって駅の拠点性低下に一役買うこととなった。地元の根室交通が仕切るバスとは異なり、JRは札幌の会社であり、鉄道は国と道が面倒を見るべきだと云うのが根室市関係者の偽らざる心情であろう。

厚床から到着した際に目撃した賑わいが嘘のように静まり返る夜の根室駅。ポスターやパンフレットからはJRが「札幌の会社」であることが伝わってくる。
キヨスクのシャッターに貼られていた根室新聞の販売案内と、バスターミナル(=インフォメーションセンター)内で告知案内と共に販売されていた新聞各紙。
隣には花咲線80周年記念レリーフが飾られている。何たる皮肉。鉄道は既に思い出の一頁となってしまっているかのよう。

 バスターミナル内を見渡してみて感じるのは、待ち時間が長くても早々には飽きない「仕掛け」が施されている点である。まぁ、仕掛けと云うほどのものではないが、各種出版物やアイテム、そして売店も取り揃えており、兎に角、沢山のもので溢れ返っている上に、その展示にも気を配っているから、雰囲気的にも何となく飽きが来にくい。バスの乗車券販売案内所の形態など駅のそれとそっくりで、駅の貫録をこちらが奪い取ってしまっている趣すらある。



 バスターミナル内で情報収集の傍らのんびり過ごしたのち、根室交通の市内基幹路線である納沙布岬行バスに乗り込んだ。観光地を抱えているところはやはり強い。ある程度の本数が確保されて地元住民にとっても利用しやすい状況を創出させる。タクシーを使ったり、或いは外出そのものを控えようとする流れを確実に需要へと変える。本土最北端・宗谷岬を抱える稚内も同じ状況だった。宗谷岬に行くバスは、天北線廃止代替バスの経路を変更させてまで存続となり、廃止代替バス本来のルートが支線扱いとなって大幅に減便されている。宗谷岬線と一体化させることで天北線廃止代替バスの存続が図られた、と云った方が実情に即しているかもしれない。


駅前を出発して10分も経てば、辺り一面に原野や沼地が広がる。


人の営みはその間に垣間見られる変化球である。
 車内で地元客ではないのは私くらいと見える。では観光客らしく終点の納沙布岬まで乗車したのかと云えば、そうではない。岬には一度訪問しているから今回は途中下車してみたいと思った。観光客も居ない場所へフラリ立ち寄ろう。ただ通り過ぎるだけでは勿体ない。それもまた旅の醍醐味ではあるまいか。



 フラリにフラリと降り立ってみる。そこはしかし、誰もフラリと歩いていない風強い荒涼とした空間だった。目一杯しなやかに、大地と空が広がっていた。その下で牛がフラリフラリと佇んでいる。フラリには牧場が多い。この風に根こそぎ運ばれてしまわぬように、どっしりと構えなければ続けられない生業だ。



 はためく交通安全の旗が、何だか日本人の安全確認のしるしのようにも思えてくる。日本の統治が及んでいることを確認しているかのように見えてくる。そのくらいソ連は近い。ソ連の匂いを感じる。今しがた発ってきた根室市街よりももう、ソ連の方が近いのだ。草むらの向こうから急にソ連が現れる感覚が、寒い日に濃厚なポタージュで身体が温まる時のように伝わる。昭和20年の風景がホログラムとなって映された。



 フラリからのんびり歩くこと10分。またしても特徴的な地名が現れた。歯舞。Ha-bo-ma-i. あの歯舞群島の「歯舞」だ。1959年に根室市と合併するまでここは歯舞村であった。歯舞村の沖合にある島々だから「歯舞群島」だったわけである。歯舞村が無ければ、歯舞群島も無かった。

 旧歯舞村、閉校した小学校のすぐ向かい側に馴染みの看板が見える。セイコーマートうちやま歯舞店。日本で最も東に位置するコンビニである。


 日本最東端のコンビニは、しかしごくありきたりのセイコーマートであった。稚内にある同じセイコーマート系列の日本最北のコンビニにも行ったことがある。そこも基本は普段通りのセイコーマートだったものだ。しかしソ連へ突き出たこの先っぽの茫漠たる土地で、地味に日本の文明と食文化の花を咲き誇っている光景は、地味に地道ながらも、眩しい光を放っている。セイコーマートは安くてうまいのだ。


 郵便局が歯舞市街の入口で、駅のような佇まいを見せていた。最先端の土地になればなるほど、なるほど郵政の素敵な佇まいは、半紙に置かれた文鎮のようだなとも思えてくる。ソ連を目前にして、半紙が風で飛ばされぬよう官の威信と責任で、文鎮を手配しなければならない。郵便局長と駅長は式に欠かせぬ名士なのだ。郵政と鉄道の毛細血管は、国の威信にかけて、国自らも面倒を見る必要がある。動脈と静脈に関してはある程度、民間任せでも良いが。
 実は歯舞村が根室市と合併するまで、根室市街から歯舞まで根室拓殖鉄道なる奇怪な鉄道が存在した。無論、最東端の鉄道路線である。その時分の歯舞駅は、歯舞郵便局の次のバス停に当たる歯舞診療所にあった。ともあれ、鉄道の終点となるほどである…歯舞市街は村だった割に、更には独立した自治体ではなくなって半世紀以上の時が流れた割に、遠目からもなかなか立派に映る。

歯舞郵便局前から歯舞市街を望む。納沙布まではあと5キロと少々。


バス停は郵便局から微妙にずれた場所にあるため、雨露を凌いでいたり涼んでいると少々焦る。

 納沙布から折り返してきたバスは、フラリと歩いてきた道を真っ直ぐに巻き上げて、すぐにフラリへと舞い戻った。根室市街方面行にはきちんと待合室が整備されていて、気候の厳しい際にもゆるりと過ごせるようになっている。フラリと歯舞散歩は実に面白かった。観光地として整備され、プロパガンダ化されてもいる納沙布岬よりも、ふらりゆるりとナチュラルに最先端の地・根室半島を体感することが出来る。茂みの奥からソ連の影を感じ取ることが出来る。フラリよ、さらば。またいつか、ふらりと立ち寄るその日まで。大日本に栄えあれ。

 バスの車窓が太平洋を穏やかに映し出した。ソ連の影がちらつくオホーツク海側とは異なり、ゆったりとした時が流れているかのように見える。正しく太平の海原である。事実、この沖合にはユルリ島なる小島があって、海鳥がゆるりと暮らす楽園となっているらしい。


 不意にモスバーガーの緑のサインが飛び込んできて、根室にもあるのかと感嘆する。モスは日本のファストフード最前線であるように思われる。地方都市でよく目撃する。大手の中では一番だろう。毛細血管の近くまでハンバーガーを日本中に行き渡らせているのはモスだ。そんな地方の小都市の割に納沙布と根室市街とを結ぶこのバスは、すこぶる盛況なのである。モスバーガーのあるコープさっぽろ前を通り、市立病院前を通り、そしてイオンの前を通り、市役所前を通って駅前へと至る。根室を代表する集客施設を悉く押さえていることになる。乗客の殆どはイオンで降りてしまって、駅前まで乗り通す客は僅かだったが、ここに納沙布岬目当ての観光客が加わってくるのだから、なかなかのものだ。

 この路線の一つの見どころが根室交通の有磯営業所である。ここは元々、根室監獄が置かれていた由緒正しき場所なのだ。有名な網走監獄よりも根室の方が、地の果てに送り込まれたような絶望感に襲われる気がする。フラリとフラリを歩いた後のことだから、非常にリアリティを伴って想像することが出来る。だが有磯営業所の由緒正しき理由は、それだけではない。

 実に味わい深い建物は数多の風雪に耐えてきた歴史的貫禄を備えている。敷地の全般的雰囲気からして何か駅や鉄道関連施設があるように見える。それはあながち間違っていることでもなく、この有磯営業所は根室拓殖鉄道の根室駅跡地でもあるのだ。随分と根室本線の根室駅から離れたところに始発駅を構えたものだが、カタコトと走る軽便鉄道だったから、根室本線への乗り入れなど当初より考えていなかったのだろう。


 人の活気がそこそこ滞留する平穏な根室駅前に到着した。幻のソ連の気配を味わうのとバーターする形で、すっかり空腹に襲われていた。既に何度も通っている駅前通りだが、美味しい駅前喫茶が佇んでいることはもちろん、知っていた。

(第4日 昼食)
N03-024(第55号) 駅前弁当@ニューモンブラン →


<駅前弁当> ¥1,100(込)
 外観からは想像だにしないシック且つゴージャスな内装。しかしここは根室である。田舎の素朴さがよくブレンドされて乾燥的ではない雰囲気だ。駅前と云う立地もさることながら、表玄関の趣が詩的に漂ってくる。駅に到着した客人を、或いは列車出発まで時間が余った客人を、取り敢えずここに通せば間違いはない…そんなムードに包まれる。駅前ならではの「駅前弁当」には、メンチ、唐揚げ、海老フライ、焼鮭。仕舞いには刺身まで所狭しと詰め込まれている。鉄道黄金時代の活気そのままに、詰め込まれてなお、跳ねるように躍る。
形状→★★★★★ 風味→★★★☆☆ 総合→★★★★★



そこに駅があるからこそ生まれる駅前、その偉大なる景色よ。

 ホテルに戻って窓の外を眺めると新しい発見があった。海の向こうにくっきりと陸地が見える。背後の山々もぼんやりと浮かんできた。時間の経過と共にその存在感もまた深まっていった。本来なら今頃は釧路に居るはずだった。元々の予定では根室を今日発って釧路で一泊するところだった。ところが根室の光景は余りにも素晴らしい。釧路泊をキャンセルしてもう少し、根室に居ることにした。したがってこの風景も本来であれば見られなかったわけだ。それを思えば余計に気分も高ぶってくる。
 水の流れる通路のそのすぐ向こうに陸地がある感覚だった。海峡と云うと何となく険しい趣がしてくるが、まるで湖のような広々と穏やかな趣があり、しかし手の届きそうなところに陸地がある。最初、その陸地が国後島だと私は思い込んでいた。根室半島と知床半島の間に、国後島が割り込むような位置関係だからだ。今にも拿捕されそうな近さである。
 しかし山々を眺めているうちに、どうも計算が合わないことに気が付いた。この陸地が国後だとすると右手に見える山は択捉と云うことになるが、それにしてはどうにも近過ぎる。改めて色々と探ってみるうちに、陸地は別海や野付半島らしいと云うムードになってきた。その後ろにうっすらと見える山々は知床連山。そして択捉かと思っていたのは国後の爺爺岳で、爺爺岳かと思っていたのが同じ国後の羅臼山なのだろうと、ぼんやり結論付けた。

くっきりと浮かび上がった北方領土。この時点では国後の羅臼山と思っていたが・・・実際のところは泊山。


 根室の最後の晩餐に会いに行くために、私は再び「どりあん」へと向かった。これまで色々な根室の食と接してきたが、代表格と云えるエスカロップについては未だ食していない。第2日に根室にやってきて最初に食した「どりあん」で〆るには、最高のメニューだ。

(第4日 夕食)
N03-025(第56号) エスカロップ@どりあん →

<エスカロップ> ¥870(込)
 何か今までのものと比べてえらくシンプルに思えてくる。たけのこバターライスにデミグラス掛けのとんかつを搭載している。派手さは無いが、美味しい。エスカロップと云う料理は「モンブラン」にて誕生した後、「ニューモンブラン」そして「どりあん」へと受け継がれた。その頃には「モンブラン」が閉店しているから、この2店がエスカロップを育んだことになる。
 赤エスカと白エスカの2種類があり、最初に生まれたのは赤エスカの方だ。ところがそのすぐ後に、白エスカが誕生して、今や赤エスカは絶滅種である。私は方々で、赤エスカの行方を問い質したが、その存在を確認するには遂に至らなかった。とんかつにデミグラスと云うやや派手目の味付けだから、あっさりとしたバターライスの方が似合うのは確かなことだ。赤エスカはケチャップライスを使用する。だから「赤い」のだ。
形状→★★★★☆ 風味→★★★★★ 総合→★★★★★
 町は闇の中に落ち込んでいても、街は、灯りで照らし出される。だから自然と街には吸い寄せられる。そこに人が居て、店があればなおのことだ。エスカロップを平らげて、暗闇の中に浮きだっている街へと戻ったとき、根室滞在に終わりが告げられることを私は初めて感じた。時の流れは止まらない。この街もまた年月を重ねて、老いて寂れる。地がひっくり返りでもしない限りは、その流れが止まることはないだろう。多少緩やかになる瞬間は現れるにしてもだ。

 「根室」と聞いて思い浮かべる寂しい情景の印象が、この滞在を機に刷新されることはなかった。しかしその寂しい情景の中にも、ヴィヴィッドな瞬間が霧を晴らすように舞い降りることが幾度となくあった。予想外の根室駅の賑わいに始まり、どりあん・ニューかおり・ニューモンブラン、マルシェ・デ・キッチン、そしてタイエー。厳つく古びた教会の中には、清新なひとときが小川のように流れていた。どれも、このうら寂しき街角と茫漠とした原野に覆われた町からは想像もしない鮮やかな色彩を覚えるものだった。

 明日は札幌への移動となる。新幹線へ向けていよいよ煮詰まってきた道内である。東の果ての根室では縁遠いその熱気も、道都札幌であれば、また違ったものとなって立ち現われてくれることだろう。
→第4日旅程→
根室駅前ターミナル 11:00 →根室交通(バス)→ フラリ 11:28  
歯舞郵便局前 12:03 →根室交通(バス)→ 根室駅前ターミナル 12:34
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as of 2016.03 / uploaded 2017.1021 by 山田系太楼どつとこむ

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