3憩 ら寂しき最東端の街に花咲く ニュー娯楽食文化 -
海道室市/標津町- 第3
第1日 第2日
根室(ねむろ)

 根室の朝。最東端の一日が静かに始まる。

 宿泊先のイーストハーバーホテルは恐らく根室一の高層建築で、眺望は申し分ない。根室で大きく目立つ建物は他に二つある。大地みらい信金本店とNTT、この二つは中心部を巡る際のランドマークとなる。



 肌寒いでは済まない光の朝の中、朝食を調達しにコンビニへ向かう。身体の芯から何か温まるものが欲しい。冷たければ温まろうとする。そこに活動が生まれ、天下の回りものとなる。回ることで隣の存在に気づき、泊が生まれる。そうして街が出来て、それらの街が集まって町となる。文明の周りに文化が花咲き、文明が離れて行ってしまっても、文化の種火は残り続ける。
(第3日 朝食)
N03-001(第32号) シレトコドーナツ コロコロ →
N03-013(第44号) タマヤ 天然酵母あんぱん →
N03-019(第50号) チーズチキングラタン(セイコーマート) →

<シレトコドーナツ コロコロ>
 焼きドーナツ特有のくぐもった味わいがしてくるが、小ぶりなこともあり、さほどのくどさは覚えない。一番美味なのは「北海道ミルク」と云うことになるだろうか。コーヒーは面白い。抹茶はイマイチ。
¥750(込)
形状→★★★★★
風味→★★★☆☆
総合→★★★☆☆

<タマヤ 天然酵母あんぱん>
 とてもしっとりと仕上がっていて、餡は割と少なく生地の比重が高めである。銀座木村屋のものに比べて和菓子的な趣は漂わずに、「パン」と云う感じがしてくるのは、生地の風味に若干の人懐っこさがあるせいでもあるだろう。
¥228(抜)
形状→★★★☆☆
風味→★★★★☆
総合→★★★★☆

<チーズチキングラタン>
 味付けには化調チックな浅薄さを感じる部分もあるが、ちちゃっとベシャメルが弾けてチキンやマカロニにまとわりつくさまは、存外に豊潤である。
¥228(込)
形状→★★★☆☆
風味→★★★☆☆
総合→★★★★☆

 根室で最初の朝をブレイクする瞬間であったのに、そこにあるのは中標津で仕入れたものなのであった。シレトコドーナツと共に、中標津の思い出もイイ感じで解凍すれば、それは素敵な一日の始まりだ。その美味しさは安定的である。上にも下にもブレることはなく、そこまでイクものでもない。イケイケに突っ走らずに息の長い代物だ。ゆっくりと解凍するなら、風味も思い出と共に、長く持続するものとなろう。北海道からやってきた小豆が餡に化けてパンの中に収まり、それが北の大地の東武のバイヤーの目に留まって逆輸入されて紹介される…天下は回っている。温もりとの巡り合いは、ホッと一息つかせるものがある。それは愛あるもので、グラタンは愛の強い一品だ。やや化調による薄い風味がこの愛のビジネスライクな趣を感じさせてくれる。
 では、本物の愛を求めよう。巡り合いが巡り愛としてモーニングサーヴィスを探り出す。このホテルに「モーニングサーヴィス」はない。しかし今日は日曜の朝である。街の中へと繰り出せば、至高のモーニングサーヴィスと巡り合うことが出来る。そう、昨日見つけたあの教会だ。




 通りへ向けて掲げられているように、根室キリスト教会は1886年の創立以来、吹き渡る風雪と共に息を刻んできた。正に歴史のある、折り目正しき風情に溢れた教会だ。長い冬と海霧に閉ざされた日本の果てで、信仰の種火を絶やすことなく愛の灯へと点火させて、心の内を照らし続けるだけでなく、文明文化の光をあまねく行き渡らせてきた。

 だから玄関へと入った刹那に会堂の中から聞こえてきた現代的な調べの讃美歌に、私はすっかり面食らってしまった。礼拝スタイルはこの教会の威厳ある姿同様、オーソドックスなものに(正教ではなくプロテスタント教会ではあるが)相違ないと思い込んでいたために、夏の高原で行われている教会主催キャンプの一コマのような、清新でテンション高めの現代的調べにはびっくりした。この驚きが根室キリスト教会に対する第一印象であり、最大印象である。

 血液がより引き立って鮮やかになっていることを私は実感した。靴をスリッパに履き替えて、数段の階段を上り、扉を開けた。多少縮こまるようにして歌の空間へと入った。そこはしかし、快活な若者が歌い踊るものではなかった。皆、落ち着いている。ただ、会堂内の雰囲気と曲調は見事に乖離している。さてこの後どのような礼拝が展開されるのだろう。流しの焼き芋屋から焼き芋を買う気分だ。しかし間もなく、驚きの鼓動は止んだ。飽くまで冒頭部分のみが青春であり、その後は、教会の雰囲気に即したオーソドックスで成熟した雰囲気の礼拝がつつがなく展開された。



 礼拝後には茶や菓子に囲まれたささやかな歓談のひとときが待っていた。大きな役割を果たしてきた歴史ある教会も現在は少人数。「ベツレヘムよ、お前は決して小さな存在ではない」と云う聖書の一節が頭をよぎる。「茶や菓子を囲んで」と云うよりも「囲まれて」と云う実情。「生きている」のではなく、「生かされている」と云う情実。教会の集いを保ち続ける情熱に接するとき、知らない町の教会でのひとときは、熱情的な時間となる。






 さて、すっかりお昼時となった。教会を辞去した後、食事処を求めて街を散歩する。歩くと云う行為は、ついでの時分が一番面白い。歩くことを目的化すると早々に苦痛に襲われるものとなる。根室の昼は、ぽっかりと晴れた穴の中に入り込んでいた。誰も歩かぬ日曜昼の街は、空明るい貸切天国だ。



 そうしてやってきたのが、商工会議所である。何やら小難しい勉強会でも始まりそうな雰囲気だが、勉強は勉強でもここでは、味覚のお勉強が出来る。1階に食事処があるのだ。しかし社食的薫りのするところではない。地方のホテルのメインダイニングの雰囲気漂うレストラン。その名を「ニューかおり」と云うのだが、正に名前通りだ。実に薫ってくるレストランである。



 この昭和後期の落ち着きを感じさせる場所に、根室名物となっているメニューがある。
(第3日 昼食)
N03-020(第51号) スタミナライス @ニューかおり →
 一見すると、中華丼の上に目玉焼きが乗っかっている…ただそれだけのように感じられるが、内部では秘められた情事が展開されている。ガツンと精を付けるには何が一番良いものか…。

アっ、とんかつ♪ だって「スタミナ」だもの。
肉玉子野菜。バランスも宜し。
<スタミナライス>
¥830(込)
形状→★★★★☆
風味→★★★★☆
総合→★★★★★




 スタミナを満載した空はいよいよ青く澄み渡り、満開の向日葵を咲かせている。しかし花は咲けども笛踊らず。そよ風のように時折クルマは通り過ぎるが、人っ子一人現れない。戦後、ソ連に出口を塞がれた根室の機能はそっくりそのまま、開かれた海に面した釧路へと移った。今やその釧路も斜陽の日々の連続にもがいている。そして根室はと云えば、同じ管内の中標津にも追い抜かされようとしている。2015年国勢調査人口、根室市2万6917人。対して中標津町2万3774人。2000年の時点では根室市3万3150人、中標津町2万3179人であった。根室振興局が根室から中標津に移転したら、明日にでも両者の人口は逆転することになろう。
 これが何度目の風前の灯になるのだろうか。最先端の苦しみを、根室は味わい続けている。時代はなかなか追いついてきてくれない。いい加減、待ちくたびれた人々は最先端を棄て去って、平凡中庸な土地へと向かう。風に吹かれ、霧に包まれながら一生懸命に花咲かせる人生は、もう沢山とばかりに。



 満天の空は時に、澄み切った花を咲かせることもある。だが北方領土が返ってくる前に根室が元の原野へと返ってしまう「怖れ」の方が遥かに現実的であるように感じられた。返せ北方領土の前に、帰れ根室へ。そして根室よ、生き返れ。日曜午後のfar east...嘗ての喧騒far away...昼に眠るこの街はまるで昔日の賑わいが抜け殻となって保存され佇んでいるかのように映る。しかし未だ中身の詰まっている実もあって、闇が近づくにつれ、ぞろりぞろりと動き出す。





 素晴らしい夕闇に覆われた後、タキシードを着た装い新たな夜の根室をすいすいと私は泳いだ。その先にある胃袋を満たす暖炉を求めて、連なる街の一帯一路を泳ぎ続けた。浮き立つ夜の街は、漠然とした空気に支配された昼よりも、広く感じられた。


 冷たい空に晒されれば、温かな間へと行きたくなる。北北東の寒い夜には、ほくほくっとして胃袋の底から暖の取れるものが食べたくなる。そんな薫りに誘われて、再び「ニューかおり」の扉の前へ。ここは強力な店である。

美味しい呪文が並んでいる。
(第3日 夕食)
N03-021(第52号) フロレンテン @ニューかおり →

 ハヤシライスならぬハヤシパスタの上からホワイトソースの蓋をし、目玉焼きを配してトドメを刺す。一皿の内に百花繚乱、多彩な味覚要素が渦巻いている。面白い。裏黒い。ホワイトとブラック、焼き上げた二つのソースのハルモニアで濃厚に、しかし切れ味よく、暖に満たされ、密閉される。素敵だ。
<フロレンテン>
¥1,030(込) 形状→★★★★☆ 風味→★★★★☆ 総合→★★★★★




 「ニューかおり」を出ると水溜まりがきらきらと震えていた。闇の内から照らし出された根室の街も、最果ての煌びやかさで彩られている。日曜の夜は静かなものだ。それでも街には幾ばくかの生気が宿る。そこは伊達に人口4万を優に超えていた都市ではない。意外と筋肉質なのだ。そこまでスカスカでもなく、たっぷたぷでもない。現在の勢いは明らかに中標津に劣るが、街からは、往時の繁栄を基礎に積み重ねられた年季により醸し出される奥行きが感じられる。アルコール焼けした声の上から被せるように、可憐な笑顔が一輪、二輪と、咲いている。しかしその笑みはどこか、寂しげではある。



→第3日旅程→
終日、根室市街に滞在  
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as of 2016.03 / uploaded 2017.1014 by 山田系太楼どつとこむ

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