|
|
|
|
|
|
|
第5憩 Go to Goto! 聖餐三昧一体伝 -
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
 |
|
 |
|
今となっては遠い昔、東日本の震災に見舞われる前、2011年の2月14日の羽田空港から、事は始まった。前年に茨城県を調査した経験から「パン」を切り口に日本の日常を見聞することで、パンのみではない部分に触れると共に、この時代空間をも記録しようと思い立った。 |
|
そこで華々しい第1弾として私は長崎へと飛び立つことにしたのである。前々から五島列島への巡礼の旅に出掛けたいと思っていたが、都会のマンションの一室に押し込められている「キリスト」と日々接する中で、いよいよその想いが強くなってきていた。キリスト教が土着化しない日本にあって長崎、特に五島は例外的にその信仰が土着化し、寺や神社同様、地域の中に教会が位置付けられている。「二つのJ」が交わる場所とは、どんな空間なのだろう。 |
|
|
 |
|
 |
|
 |
|
飛行機は長崎に到着した。長崎と広島は何か似ているなと思った。無論、原爆投下と云う共通項はあるが、長崎空港も山の上に空港が浮いている感覚がするのである。そもそも長崎空港は元々あった島を核に埋め立てて造られた海上空港の走りだ。しかしその元々の島と周囲の山々の雰囲気とが、山の上に島のように浮いている広島空港の景観そっくりに思えたのである。 |
|
この旅を開始するに当たり、気掛かりなことが二つ、あった。先ず一つ目は、長崎空港で乗継を行うことである。その際、預けた手荷物が乗継先の飛行機に無事転送されるのだろうか、これがとても気掛かりなことだった。もし荷物が五島まで運ばれていなかったなら、旅は初っ端からフィナーレとなりかねない。
|
|
|
 |
|
 |
|
 |
|
今一つの懸案事項が長崎から乗り継ぐ飛行機そのものにあった。華奢なプロペラ機なのである。小型ジェット機でもやけに揺れるなと感じたものだが、普段乗らないプロペラ機ではどのような塩梅となろう。加えてトラブルを連発していたボンバルディア製ときたのだから、おちおち安心することも出来ない。しかし船とは違って、海をひょいと一越えしてしまう飛行機の利便性、何も起こらない時分の快適性と云うものを鑑みると、それらの懸案もひょいと一越えする。空を飛ぶことは、人にとってそれほどまでに魔術なのだ。
|
|
|
 |
|
 |
|
福江(ふくえ)
 |
|
 |
|
 |
|
昼下がりの五島福江は、静かに咲いているような趣に包まれていた。こぢんまりとした空港ロビーは陽だまりのようだった。飛行機は酷い揺れに襲われることなく、30分のフライトを終えた。嵐の気分の後には、のんびりとした空気感が待っていた。この島で退屈しないだろうかと、ふと思った。この頃の私は毎日のように、渋谷や六本木に出入りしていた。
|
|
|
 |
|
  |
|
  |
|
 |
|
空港からのバスが福江市街を捉えた時に、「あぁ、これが日本で一番西にある都市になるんだな」と思った。北海道と浅からぬ縁のある身としては、北の端には慣れているが、西の端には不慣れである。その分、違った感慨と云うものも湧いてくると云うものだ。東シナ海に突き出た五島福江は、実際には沖縄の方が西の孤島であるわけだが、本土と地理も風土も近しい分、却って放り出されたようにして絶海の中に佇んでいるように感じられた。どこかの国ではないがそれは、近くて遠い存在性なのだ。 |
|
|
 |
|
 |
|
 |
|
 |
|
車窓から教会の姿が認められた時には流石だなと思った。しかし福江島には余りめぼしい教会が無いのである。もっとわんさかあるのかなと思っていたから最初は意外に感じたものだ。したがって福江に滞在するのは今日一日だけにして明朝には、上五島へ向けて出発する。ホテルも港に近い所を取った。私のイメージに合致するのは福江と云うよりも、どうやら上五島の町々のようなのだ。 |
|
|
  |
|
  |
|
到着後、すぐにホテルへ直行した。インターネットから予約することが出来なかったり、クレジットカードが使えなかったりでどんなおんぼろホテルなのかと期待半分不安半分だったが、古さは否めないものの、洗面台用の蛇口と浴槽用の蛇口が別々であったり、ロビーも寛げるように整備されていたりと思いの外、ちゃんとしているホテルだった。 |
|
|
 |
|
 |
|
 |
|
  |
|
 |
|
 |
|
福江の港には見るからに活気があった。人口減の進む五島である…昔はもっと凄かったのだろうが、しかし十分に賑やかだ。本土との間に橋は架かっていない。五島列島の他の島々との間にも、橋は架かっていない。ここでは現在に於いても、何事も船を操ることから始まる世界が展開されている。明朝船に乗る福江港ターミナルを確認しようと思い立ったが、目の前に流れる光景は圧巻だった。 |
|
|
  |
|
 |
|
 |
|
ターミナルの建物自体も大きく立派なものだが、様々な設備や乗り場を持つ中身も充実した施設だった。人の数も相当なもので、先ほど降り立った可愛らしい空港とは大違いだ。五島の表玄関はここであることを大いに実感させられた。
|
|
|
 |
|
  |
|
  |
|
私は少し後悔していた。福江にやってきたのは飽くまでもトランジットの為だ。昔のアンカレジのような感覚である。空港の外に、福江の街に、興味は無かった。この旅の目的は巡礼である。特に五島に於いては、その他の要素は全く頭には入れていなかった。ところが殆ど暇潰しの一環として歩き回った福江の街は実に魅惑的だったのである。全国の地方が抱える共通の課題と同じく、ここ福江の街でも、夕方のショッピングタイムだと云うのに、人っ子一人歩いていない。ところが殆どの店が稼働中なのだ。そして商品を豊富に、毒々しげに、店頭に陳列しているのである。特に、服屋が多い街だなァと云う印象を受けた。 |
|
|
  |
|
 |
|
 |
|
私の旅行期は、実質この旅から始まったから、まだ色々と事情が呑み込めていなかったのだが、多くの地域を回る中で分かってきたことは、どうやらこの「元気に寂れている」感覚は、辺境の地に於いて特有の現象のようなのである。辺境の地であるが故に、中心からは遠く、人口も少ない。したがって大手資本にとってみればコストパフォーマンスの面で大きな課題が生じて、殊に大型店を展開させることが難しい。だから地元店がその命脈を比較的元気に保ち、商店街にも、外観的には活気がある。しかし辺境地故に過疎化の波に激しいものがあるから、地域経済は沈滞して全体的には寂れている。そうして、活気があるのだか無いのだか訳が分からないような状況が生まれてくる。 |
|
|
 |
|
日が沈むにつれ、淡い光の情景が浮き出てきた。が、街角を飾るものは椿色のランタンだけではない。菓子もまた可憐に街を飾りたてる逸品となる。 |
|
|
  |
|
N05-001(第124号) 桃カステラ@平野屋菓子店 → |
|
|
|
<天婦羅釜飯セット> ¥1,600(込)
レコメンは釜飯であるようで、それに天婦羅を付けてみた。飛び抜けて美味しいわけではないが、質量共にしっかりとしたものがあり、普通に満ち足りる内容だ。野趣と云うものを感じさせる辺りが、地方の醍醐味…嬉しくなる。
形状→★★★☆☆ 風味→★★★☆☆ 総合→★★★★☆
|
|
|
|
  |
|
テレビに映し出される天気予報を見ながら、何か、凄い所に来てしまったのだなと感じ入った。東京では分からない、東京では変わらない何かが、ここにはあって、人はそれを巡礼と呼ぶ。故に巡礼の道は険しい所ばかりである。少し今日一日で疲れてしまったけれど、いよいよ明日からが本番である。どんな一日と巡り合うことが出来るのか…私はそこに人生の夢を見る。 |
|
|
 |
|
→第1日旅程→
羽田 12:00 →ANA3735→ 長崎 14:00 |
|
長崎 14:35 →ANA4625→ 五島福江 15:05 |
|
   |
|
第1日 →第2日→ |
|
東美餐珍帝國風土記目次 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|