喧騒の池袋から少し内陸に入る。
大都会の繁華街近傍にしては、暗闇と静寂が支配する冬の空間に、光と嬌声がこだましていた。
だってクリスマス、なんだもの。そこにはインポッシブルをポッシブルへと変えるミッションがある。
普段はおしゃれ番長が行き交い、檻の中のマルクスとレーニンが闊歩するキャンパスの中も、何か特別な雰囲気に包まれている。
帝國有数の性なる夜が、夜な夜な繰り広げられる池袋にも、聖なる深いヒマラヤ杉の夜がマッチ売りの少女の夢を運んでくる。
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昨今はどこもかしこも海外からの観光客だらけだが、池袋は元より国際色豊かな街だ。
深夜のカラオケ店の前で待ち合わせていたら、通行人の過半数が中華系だった。
あれは前世紀末のことだったが、今や北口一帯に極めて現代的な姿の新たなるチャイナタウンが出現している。
しかし池袋の国際色は中華系のみによるものではない。この街での愉しみの一つに、トルコパンとの遭遇があった。
本場トルコのパンが種類豊富に味わえる帝都随一のスポット「デギルメン」。
我らがクリスマスツリーの母校のすぐそばに、それがある。
欧風空間から中東空間、キリストからイスラームへと、ほんの一っ跳びでワープする・・・実に池袋的醍醐味ではないか。
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久々の池袋来訪となれば尚のこと、「デギルメン」へと足を運ばずにはいられない。
今日はちょっと時間が遅い。どのくらいパンは残っているだろうか、心配はそこにあった。
ところが・・・
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どこを向いてみても「デギルメン」が無い!
気付かぬうちに通り過ぎたものかと二度見三度見してみたが、白が基調のあの店舗がどこにも見当たらなかった。
その代わりに、赤い看板がでかでかと掲げられたケバブを売っている店があるではないか。
更には店舗の名前が「オメルのケバブ」と来た。
「あれっ、オメルって・・・デギルメンのオーナーの名前じゃん!」
じゃあやっぱり、ここか? デギルメンだったところは。
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よく見ると、昔の看板もそのまま残っていた。確かに夢では無かったのだ・・・ここがデギルメンだったと云うことが。
私は悲しい気持ちに襲われていた。
あの唯一無二のトルコパンの店が、こんな、どこにでもあるケバブ屋に変貌していようとは。
もう、あのアチュマやポアチャが食べられないのかと思うと、ガックリ度合いもひとしおだった。
どうしたの・・・だろう? そんなに流行らなかったのだろうか。
確かに初期の頃はかなり空いていたものだが、最近は客の数も随分と増えていたように見受けられたが。
売り切れの心配をしなければならぬほどに。
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しかし何かおかずになるパンを求めて、ここをアテにして来たのだ。
失望ばかりしているわけにはいかない。
私は微かな希望を抱きつつ「エキメキサンド」を注文した。
エキメキ=トルコ語でパン、のこと。
もしかして・・・トルコパンを使ったサンドウィッチなのではなかろうかと、ほんの少しばかりの期待感を抱いていた。
店員も訝しげに訊いてきた「エキメキでイイのね?」と。普通の人は普通の「ケバブサンド」のほうを普通は頼むに相違ない。
けれども私は「エキメキ」が欲しいのだ。強く頷く。
「分かった」と云って店員がおもむろに取り出したのは・・・バゲット!
トルコパンじゃなくて、フランスパンかよ!? それも市販の! ・・・やっぱパン作ってないのか!
まいったなぁ。。。内心、頭を抱えてしまった。
しかし、これはこれで美味しいのかもしれない。ケバブと云えば皆ピタパン系のもので挟むが、
バゲットサンドは世界的に見た場合、最もポピュラーなサンドウィッチスタイル。
無論、トルコにだってバゲットサンドは普通に存在する。あの有名なサバサンドだってバゲット系のものに挟む。
バゲットがパンの中心に坐するのは、旧フランス植民地だけの話ではないのだ。
ケバブをバゲットに挟むのは実に本場的なのかもしれぬ。
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厨房に出てきたオーナーに何故パン屋を止めたのか訊ねたところ、返ってきた答えは予想の範疇を超えるものだった。
パン屋は9月に止めたそうだが、その理由は・・・人手不足。体力の・・・限界。
なんでも、働いていた人が辞めちゃったそうで、一人で朝2時から(それを「朝」とは呼ばないが)仕込みを始めていたとか。
パン屋の朝は早いとは聞いていたが、ここまで過酷か・・・そんなことを想いながら、オーナーの話に耳を傾けた。
しかしそこには“希望”もあった。オーナーがにこやかに話すには、来年、一人、トルコからスタッフが入る予定なのだとか。
万事うまく進めば、3月から、月一でトルコパンを作る日を設ける構想を抱いているのだと云う。
ずっしりとしたサンドウィッチを受け取ると、私はときめきに胸躍らせて、性が交錯する街を踏み分けていった。
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:::オメルのケバブ の エキメキサンド(ミックス):::
第一印象は、とにかく・・・ぶっとい! 腕みたい!
これだけで十分に腹が満たされる・・・それだけのヴォリュームがここにはある。
ドネルケバブは軽食の類と云ったイメージだったが、バゲットに挟むだけで軽食から俄然、本格的な食事へと変貌を遂げる。
バゲット自体も食べ応えがあるが、中身もびっしりずっしりと詰まっている。
今回注文したのは「ミックス」。即ち、ビーフとチキンの混合である。これは大正解であった。
これだけヴォリュームがあると食べ終わるまでも相当なものだが、絶対に飽きが来る。
特にチキンはパサついていてイマイチの状態であり、チキン単独ならちょっとキツいように思われた。
しかしビーフが絡むことでコンビネイションも愉しめ、且つ、味の単調さが幾分回避されるから最後まで比較的美味しく頂ける。
ソースは4種の中から「マイルド」か「オリジナル」のどちらかをチョイスしたように思うが、
サウザンアイランドドレッシングを薄く延ばしたような素地に結構なピリ辛がブレンドされ、素材と良マッチングな代物だった。
持ち帰りならではの効能としてバゲットがふやけてしまっていて、ソフト&マイルドな状態になる点が挙げられよう。
何より食べやすいし、しっとりと包み込んで優しく馴染んでくれる効能もある。
だからサンドウィッチのパンは、具材のおふくろさん的存在なのであることを知るのだ。
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エキメキサンド(ミックス) ¥700(込)
形状→ ★★★★☆
風味→ ★★★☆☆
総合→ ★★★★☆
オメルのケバブ@食べログ
as of 2016.12 / uploaded 2017.0127 by 山田系太楼どつとこむ

世界のパンを網羅。しかしやはりヨーロッパ中心。
もちろん、最大の理由は対象が「パン」だから。
けれどそれだけではない。ヨーロッパは、数が沢山ある。
数は力なり・・・そう、国の数が多いのである。
そして各国がみっちりとそれぞれの文化を発展させてきた。
それらの国々が集まってヨーロッパは構成されている。
だから国際的にもなれたのだ。と云うことは、EUと云う存在は、
経済的には単一市場の恩恵等により発展させることにはなるだろうが、
文化や思想・政治面でヨーロッパを衰退させる要因になるリスクを孕んでいることになる。
中国を見れば分かる。統一王朝が誕生し、代々受け継がれたことにより、
中国文明は発展し、近代にアヘン戦争で敗れるまで強国だった。
だがしかし、その他ではどうか。
中国文化・思想世界の礎にして頂点は、各国がしのぎを削った春秋戦国時代ではなかったか。


上記「パンの図鑑」に比して、かわいさフィーチャーで、ゆるい。
美味しさが目から入ってくる。
しかし監修が「パンの図鑑」著者の井上氏だから、
基礎はしっかりと支えられている。
把握しやすく、一目散に世界のパンに殺到出来る一冊である。

川上から川下までパンを網羅している印象。
文化的背景と技術論をドッキングさせ、発酵させている点が興味深い。
ある意味、この本自体がパンである。
著者の志賀氏は先端的方法論で脚光を浴びる
世田谷「シニフィアン シニフィエ」にてパンを焼いており、
実践を踏まえた氏の哲学が華麗に展開、店の最高の宣伝にもなっている。

こちらは飛騨高山の人気店「トラン・ブルー」成瀬氏による本。
幾ら人気観光地とは云っても、東京でも京都・神戸でもない
純然たる日本の地方岐阜県高山のパン屋が
日本を代表するパン屋の一つとして成り立っている点が実に興味深い。
ごくありきたりな街の製パン業者が、市の観光の一翼を担う存在にまで
高められたのは蛮勇であり、創意工夫であり、文化的裏付けである。

コミックである。コミックには笑いと感動が似合う。
その爆発がダイレクトに画に現れるからである。
「コミカル」との表現は、まさになるほど、その通りだ。
さて、「フランスパン」のあるフランスは美食の国として知られるが、同様に、
「イギリスパン」のある英国は、微妙な食、すなわち「微食の国」状態である。
しかし英国は(と云うより欧州全土、だが)過去四半世紀の間にめまぐるしく変わっている。
ロンドンはその首府たる存在だけに、知新ムーヴメントの渦巻き具合はひとしおなのだ。

懐かしのチャイム。ネット上で、つまりは自室で、毎日再会、毎日遭遇。ザ・現代生活よ。
開始時と終了時の音声の調子が違うところがイイ。元気よく始まり、しんみりと終わる。
「あー、やれやれ終わったな」そんな風に思ってはいかんのである。
「これで来週の同じ時間までこの講義に会えないなんて寂しいな」
その代弁が控えめな終了時チャイムの「心」なのである。

英国やヨーロッパがこの四半世紀で随分と変わったと述べたが、
ここ10年ちょっとの立教の変貌ぶりにも目を見張るものがある。
学部学科も、新しい建物も、にょきにょきと急増してきた。
あとは建学の精神をどこまで保つことが出来るのか。
地味なことこそ、継続が最も難しいものだ。

名作、である。街を舞台に単に文字上の出来事だけなのに人や物が踊り、
遂には街自体が踊りだす。私にとってはリアルタイム。
ドラマのロケなど、やっていたな。長瀬くん、窪塚くんは元気かな。
しかし地元にとっては迷作どころか迷惑作だったようで。
池袋のダークなイメージを増幅させかねないところによるものだが、
それもこの作品のリアルさゆえか。確かに治安の悪さは困りもの。しかし、こざっぱりした
テーマパークのような街ばかりになっては味気なさハンパなし。
何でもごった煮の妖艶な池袋が、私は好き。
新宿よりも一歩奥に佇んだ池袋が、私は好き。


いきなりバゲット的なるものの登場から始まるイスタンブール・ストリートフードの情景。
しかも炭火かよ!?との驚きと共に。
軽く、手早くのイメージからは想像もつかない本格的且つ緻密な品々が競演する。
高級レストランで供されるものが宮廷生活なら、
ストリートフードは活気溢れる街の猥雑な生活そのもの。
東西文化の要衝・イスタンブールの情景には、イスラーム世界の色鮮やかさの中に
地中海世界の豊潤さとヨーロッパの洗練さが埋め込まれている。
圧倒的に詩的な世界が広がるこの情景は・・・残念ながら
すっかり管理されて、されて、され尽くされてしまった
今日の日ノ本に於いて、見られなくなってしまった。

©山田系太楼 Yamada*K*taro